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原爆症認定集団訴訟の成果をフクシマへ  
                   
        弁護士 愛須 勝也

1 原爆症集団訴訟終結に関する8・6合意

原爆症認定集団訴訟における連戦連敗を受けて、2009年8月6日、当時の麻生首相と日本被団協の間で「原爆症認定集団訴訟の終結に関する基本方針に係る確認書」が締結された。国は一連の司法判断を厳粛に受け止めて陳謝し、一人でも多くの被爆者が迅速に認定されるよう努力する旨の河村建夫官房長官(当時)による内閣官房長官談話を発表した。

しかし、その後、国は、この約束すら反故にし、集団訴訟連敗での見直しの結果採用された「新しい審査の方針」の下で積極認定の対象とされている疾病でさえ、しきい値による切り捨てを行い、非がん疾患についてはまるで却下を原則とするかのような二枚舌の恥ずべき運用を行っている。

このような状況の中で、06年12月に提訴をした大阪地裁での近畿3次訴訟が4年半の審理を経て、11年7月8日結審を迎え、本年12月21日に判決が予定されている(8・6合意により、基本的には双方控訴せず、1審判決で確定することになる)。この近畿3次訴訟の判決をもって集団訴訟のすべての事件で第1審の判決が出され集団訴訟が終結することになる(但し、岡山訴訟については、全国で唯一、8・6合意で敗訴判決に対して控訴がなされている)。

2 国の訴訟に対する態度

 原告の被爆者らは、広島、長崎の原子爆弾による攻撃から生き残ったにもかかわらず、その後、残留放射線、内部被曝による後障害に苦しんできた被爆者である。国は、この訴訟において、「放射線被曝による健康影響は、内部被曝か外部被曝かといった被曝態様で危険性が変わるというものではなく、どれだけの線量の放射線被曝をしたかが問題」であり、「内部被曝による被曝線量はどのように見積もってもごく僅かな被曝線量にしかならないから、結論として、内部被曝の問題は人体の健康影響を考慮するに当たって無視しうる」と主張している。そして、3月11日の東日本大地震による東京電力福島第一原子力発電所の事故が起きた後も、全く同じ主張を繰り返している。

3 崩れ去った放射線の「安全神話」

 国の主張の根拠は、長崎で最も残留放射線量が高かったとされる西山地区の住民の内部被曝調査や残留放射線の積算線量を計算によっても、線量は極わずかであるからほとんど人体に影響はないというものである。しかし、その調査は、セシウム137だけを測定したものに過ぎず、原告らがこの検査を受けたわけではない。国は、西山地区の住民の体内被曝線量のデータを根拠として、それを無理矢理、原告らに当てはめているに過ぎない。また、西山地区に爆発1時間後から無限時間とどまり続けた外部被曝線量から内部被曝線量を特定でき、急性症状を発症する最低1グレイの被曝のためには、マンガン56であれば広島の爆心地付近の被爆直後の土壌36キログラム、ナトリウム24なら同じく111キログラムを一度に体内に取り込まなければならないなどという非常識な主張を繰り返している。その結果、残留放射線の影響について、「浦上川の水を大量に飲んだとしても全く影響がない」とまで言い切っている。繰り返すが、このような主張を現在もそのまま繰り返している。これこそ、まさに原爆放射線の「安全神話」に過ぎない。この放射線に対する「安全神話」が、福島第一原発事故で崩れ去ったということは、今や誰の目にも明らかである。

4 ヒロシマ・ナガサキとフクシマの異同

 原爆は、その強烈な核分裂により放射線をまき散らし、一瞬にして多くの人々の命を奪った。福島原発事故では、直接放射線により命を落とした人はいない。原告らは、原爆の直接的な被害から辛うじて生き延びたものの、その後、放射線の後障害に苦しんできた。原告らは、被爆地において、放射線によって汚染された塵や埃を吸い込み、放射線によって汚染された水や食物を体内に取り込んで内部被曝してきた。その点で、原告らとフクシマの被災者とは同じ被害を受けた。しかし、原爆被爆者は、広島・長崎に落とされたのが原子爆弾であることすら知らなかった。それがどれだけ人体に有害なのかも知らなかった。自分自身が生き残ることで精一杯であり、マスクや防護服で身を守ることはもちろん、内部被曝を避けようなどとも思わなかった。生き延びるためには、放射線によって汚染された水を飲んだり食べ物をたべて命をつなぐしかなかったのである。福島県では、原発事故による住民への健康影響を見守るための予備調査が始まっている。そこでは、ホールボディカウンターによる実測調査と、尿検査や行動調査が実施されている。これらの調査は、とりもなおさず、放射線による内部被曝の危険性が前提となっているのは言うまでもない。ところが、原爆被爆者の場合、戦後長らく、何らの援護も受けられずに放置されてきた。原爆を投下したアメリカも、日本政府も原爆被害をひたすら隠し続けてきた。被爆者らは、その間、適切な治療も受けられなかった。そのような態度をとり続けてきた国が、今になって、残留放射線、内部被曝は人体にほとんど影響がないと言って、被曝距離と病名のみで被爆者を切り捨てることは到底許されるものではない。

5 原爆の「安全神話」

 国は、内部被曝の影響がないというために、ICRPなどの基準を絶対化し、それに反する知見はすべて誤りであるという独善的な主張を繰り返してきた。しかし、その誤りは、「原発神話」を振りまき続けてきた「科学者」「専門家」が特定の政策維持のために、自らの都合の悪い事実はひた隠し、原発の危険性を説く主張をことごとく異端視して排除してきたのと同じである。内部被曝や低線量被曝の危険性を説く学説を「仮説」であるとか、誤りが立証されたなどとして、殊更に無視しようとする傲慢な態度は、「原発の安全神話」にしがみついて、まともな事故対策も取らずに、ひたすら原発を推進して、取り返しのつかない甚大な被害を起こしたのと同じである。原爆被爆者の調査研究は、全ての放射線の人体影響の基礎として用いられてきており、原発推進のために原爆の影響、とりわけ内部被曝や残留放射線の影響を極力小さく見せなければならなかった、そのための「安全神話」を原爆症認定訴訟の中でも繰り返してきたのである。しかし、原発事故で原発「安全神話」が崩壊したように、原爆の「安全神話」も集団訴訟の中で完全に崩壊した。

6 ICRPですら「ミステリー」「ブラックボックス」〜内部被爆

 原爆症認定集団訴訟は、科学論争に決着をつける裁判ではないが、そもそも、ICRPの有力メンバー自身が、内部被曝・低線量被曝のリスクについて「ブラックボックス」「ミステリー」と言明していることが明らかにされており、その実体は何も解明されていないというのが現状である。放影研の大久保利晃理事長自身が、後障害で判明しているのは5%だと言明している。最終的な答えが出るのは、対象集団の追跡調査がすべて終了する時点だとも言っている。被曝被害が未解明であることは明らかである。しかし、被害の科学的解明を待っていては遅過ぎることは明らかである。

高齢化した被爆者を救済と原爆被害の未解明さを考慮して放射線起因性が判断されるべきである。

7 最後に

 集団訴訟は、2003年4月17日に提訴され、2003年5月12日、大阪地方裁判所で全国に先駆けて原告9人全員勝訴の判決が言い渡された。それが認定基準を改定させる大きな原動力になった。12月の判決で集団訴訟の締めくくりとして、今一度、国の認定行政を断罪し、不都合な事実に眼を背け続けて、被爆者を苦しめてきた国に対して国家賠償を命じることを求めることが求められる。そして、この裁判の中で明らかになった国の内部被爆・低線量被爆軽視を広く明らかにして、国の政策を改めさせて、フクシマの被災者救済に生かしていくことこそ、われわれ弁護団の役割だと思う。

以上

 


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