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原爆症認定集団訴訟  
   到達点と課題〜「全面解決」ではありません!
   弁護士 愛須 勝也

1 64回目の原爆の日を迎えた2009年8月6日、被爆地広島の地で、日本原水爆被害者協議会(日本被団協)と前内閣総理大臣・前自由民主党総裁の麻生太郎氏との間で、「原爆症認定集団訴訟の終結に関する基本方針に係わる確認書」(確認書)が取り交わされました。麻生前首相が、内閣総理大臣と、自由民主党総裁という二つの肩書きを使用しているのは、政府と自民党の双方を代表するという含意です。政府としての方針の確認と、今後の議員立法を視野に入れたものであるとされています。そして、この確認書の内容については、当時、野党だった民主党も受け入れを表明しています。

 原爆症集団訴訟の終結に向けた大きな意義を有するこの確認書の内容は、以下のとおりです。

@一審判決を尊重し、一審で勝訴した原告については控訴せず当該判決を確定させる。
 熊本地裁判決(8月3日判決)については控訴しない。


  このような状況変化を踏まえ、一審で勝訴した原告に係る控訴を取り下げる。

A係争中の原告については一審判決を待つ。

B議員立法により基金を設け、原告に係る問題の解決のために活用する。

C厚生労働大臣と被団協・原告団・弁護団は、定期協議の場を通じて解決を図る。

D原告団はこれをもって集団訴訟を終結させる。

 この確認書にあわせて、河村官房長官(当時)の談話も出され、「この間、裁判が長期化し、被爆者の高齢化、病気の深刻化などによる被爆者の方々の筆舌に尽くしがたい苦しみや、集団訴訟に込められた原告の皆さんの心情に思いを致し、これを陳謝します」という政府としての謝罪もされています(交渉団の情報によると、原爆症認定問題の与党PTの座長を務めていた官房長官自らが書いたということのようです)。

 これにより、2003年4月に全国18の地方裁判所で提訴された「原爆症認定集団訴訟」は、終結に向かうことになります。しかし、今回の確認書は、あくまでも集団訴訟の原告に関する合意であり、被爆者問題全体からすると、解決の橋頭堡を築いたに過ぎず、集団訴訟が本当に終結するのかどうかはこれからの課題になります。

これまで,多くの方から「原爆症の問題が解決してよかったね。」と労いのお言葉をいただきましたが,解決したのは(正確には解決の方向性が見えた),「集団訴訟」だけであり,被爆者問題自体には,まだまだ多くの課題が残っていることを知ってもらいたいと思います。

2 原爆症認定集団訴訟提起に至る経緯

 1945年8月6日、九日、広島、長崎にアメリカが投下した原子爆弾は、広島で14万人、長崎で7万人の市民を殺戮し、二つの街を一瞬にして壊滅させました。
 それだけでなく、生き残った被爆者にも、がんをはじめ様々な病気が発症し、被爆者は死の恐怖におびえながら現在まで苦しみ続けてきました。
 しかし、国は、明らかに放射線に関連するこれらの病気に関して、2003三年提訴当時の被爆者約二七万人のうち約2200人(0.81%)しか原爆症と認定しませんでした。
 被爆者は、長崎の松谷英子さん、京都の小西健男さん、東京の東和男さんらが、個人で、認定申請却下処分の取消訴訟に立ち上がりましたが、最高裁で勝訴しても国の認定基準は変わらず、かえって厳しい基準に変えられてしましました。
 そこで、全国の被爆者が、「死ぬ前になんとしても原爆被害の残酷な実態を告発したい」という思いから集団で訴訟を提起したのが、原爆症認定集団訴訟であり、札幌、仙台、東京、千葉、埼玉、横浜、静岡、名古屋、大阪、広島、岡山、高松、高知、松山、熊本、長崎、鹿児島の一七の地方裁判所で提訴され、2006年5月の大阪地方裁判所判決を皮切りに、2009年8月3日の熊本地裁の第二陣判決まで19連勝を重ねてきました。 被爆者・原告は、裁判で自分のプライバシーをすべてさらけ出して、この60年間の病気とのたたかい、いつがんが発病するかもしれないという恐怖や、心の悩みを裁判所に訴えてきました。
 裁判の中では、国は、放射線の被害について、原爆が爆発したときの初期放射線の影響しか見ておらず、残留放射線や放射線降下物さらに内部被爆を無視して、原爆被害を軽く、狭く、小さな被害として描こうとしていることが明らかになりました。これに対して、原告、弁護団は、多くの被爆者を診察してきた医師団や、原爆放射線について物理学等の自然科学の科学者と共同して、被爆者の体験でもって、被爆の実相を明らかにしてきました。

3 大阪地裁判決を皮切りに19連勝!

 この間、2006年5月の大阪地方裁判所での原告9人全員勝訴判決に続き、現在まで、東京高裁、大阪高裁判決で各二つ、仙台高裁の高裁判決を含めて、19の裁判所において連続して勝訴してきました。
 原告・弁護団・支援団体は、集団訴訟の一括解決と、原爆症認定の審査基準を被爆実態に見合った抜本的な改定を求め、その結果、二度にわたる認定基準の改定を勝ち取ってきました。
 その結果、今回の確認書の調停により、訴訟の一括解決、被爆実態に見合った認定行政への転換に道筋を付けることが出来たのです。

4 バラク・オバマ大統領は、本年4月5日にプラハでの演説において、核兵器を使用した唯一の核保有国として、アメリカは行動すべき道義的な責任があるとしたうえで、「核兵器なき世界への共同行動」を呼びかけました。今年7月、被爆地広島の中国新聞に発表されたノーベル平和賞受賞者17人のヒロシマ・ナガサキアピールにも、「人類がこれまで3度目の核兵器による悪夢を避けることができたのは、単なる歴史の幸運な気まぐれだけではありません。第二のヒロシマ・ナガサキを回避するために世界へ呼び掛け続けてきた被爆者たちの強い決意が、大惨事を防止することに確かに役立ってきたのです。」と謳い、被爆者たちの命をかけたたたかいが核戦争の抑止力になってきたことを讃えています。原告ら被爆者は、原子爆弾が投下されたその瞬間だけでなく、その後60年以上、被爆者を苦しみ続けさせる残虐な兵器であり、二度と使われることは許されないと訴え続けたのです。弁護団は、この集団訴訟の成果を、核兵器廃絶に向けた大切な財産としたいと考えています。特に、確認書締結を受けた官房長官談話において「唯一の被爆国として、原子爆弾の参加が再び繰り返されることのないよう、核兵器の廃絶に向けて主導的役割を果たし、恒久平和の実現を世界に訴え続けていく決意を表明」しており、高く評価できます。

5 確認書により、原爆症認定集団訴訟の原告のうち、既に勝訴判決を受けている原告は、国が控訴、上告を取り下げて、一審判決が確定することになります。未判決の原告については、裁判所での審理を継続して、判決を受けることになります。しかし、仮に敗訴しても、新しく作られる基金によって救済されることになります。今回の確認書の趣旨からすると、従前の国の主張が変更されなければならないわけですが、実際の裁判の中では,従前の主張を撤回するには至っていません。また、救済基金の内容も議員立法で作るという以外、現在でも具体的なことは何も決まっていません。鳩山首相も,未だに具体的な内容が明らかにならないことから,「遅すぎる」と言っています。また、今後も様々な形で厚生労働省の抵抗も予想されます。実際、8月31日以降,認定申請の審査にあたる厚労省の医療分科会では、この間、認定だけして却下の意見を出していなかったにもかかわらず、大量の却下を出すに至っています。

このように課題はまだまだ山積みですが、今回の確認書を,集団訴訟の解決にとどまらず全面解決に向けた橋頭堡とする必要があります。

現在の最大の課題は,現在,7000人以上の原爆症の認定申請が認定も却下もされずに,棚晒しになっている滞留問題の解決にまったく目途が立っていないことです。結果的には,結論まで長時間を要することから救済を拒む結果になっています。これまでの救済を拒んできた戦犯である医療分科会の委員も,ほとんど入れ替えられずに居座っています。被爆者は高齢化し,かつ,原爆症の認定申請をする被爆者は,健康を害している方々であり,残された時間は限られています。近畿弁護団では,これらの認定滞留問題を抜本的に解決し,認定を促進するために,「不作為の違法確認,義務付訴訟」を,名古屋地裁,大阪地裁ですでに提訴しており,これからも被爆者問題の全面解決のために、力を尽くす決意です。  

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