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寝屋川市「政務調査費」住民訴訟  実務への影響は甚大
  寝屋川市「政務調査費」住民訴訟、大阪高裁で大きな前進
  弁護士 愛須 勝也

1 事案の概要
 地方自治法は、「議員の調査研究に資するため必要な経費」として、「政務調査費」を支給することを認め、大阪府寝屋川市でも、議員1人当たり月額8万円(年額96万円)を各会派に支給している。これは、議会の活性化、審議能力向上、議員の政策提言に有効に活用されることを目的として制度化されたものであるが、現実には、「議員の第2歳費」になっているという批判が根強く、市民オンブズマンなどによる監査請求や住民訴訟が後を絶たない。
 寝屋川市でも、議員の自宅や、議員やその親族が役員を務める会社の建物(その多くは、議員本人の所有である)を事務所としているのに、事務所費として政務調査費を支出したり、来客用駐車場代、電話代、あるいは水光熱費にまで政務調査費を支出するなど、およそ調査研究とは無関係な支出がされていた。そこで、共産党を除く市議会会派に対し、政務調査費を交付目的以外の使途に違法に支出し、市に損害を与えたとして、市長に対し、不法行為に基づく損害賠償として、各会派に対し返還請求することを求めて、住民訴訟を提起した。
2 争点
 訴訟で重要な争点となったのが、この「事務所費」の支出であった。寝屋川市議会の場合、使途基準では、事務所費については、自宅事務所か賃貸かにかかわらず、支出が無制限に認められていた。各地の自治体の使途基準を調査したところ、自宅事務所への政務調査費の支出を禁止しているところもあったが、特に規制をしていない自治体も少なくなかった。寝屋川市の場合には、自己所有の建物を、議員やその親族が代表取締役を務める会社に事務所として貸借し、その事務所の一部を議員事務所として使用し、その経費負担として政務調査費を支出したり、議員の親の名義の自宅建物を貸借して、その賃料へ政務調査費を支出したりするケースが異様に目立っていた。
3 「事務所が自宅」という詭弁
 被告である寝屋川市長は、「議員活動は、時間的に無限定な要素が高く、この観点に鑑みると、議員の“事務所”が“自宅”になっていると言っても過言でない」などと詭弁を弄して、そこへの政務調査費の支出は適法であると主張した。
 しかし、これは全くの暴論である。
 議員は、別に議員報酬を得ているのであり、自宅で必要な経費は報酬で支払われ、かつ税法上も所得控除がなされている。にもかかわらず、市の主張のように、政務調査費が自宅(=事務所)の維持にも使用されるとすれば、それは明らかに「二重取り」であって不当であることは明らかであった。
 百歩譲って、仮に、自宅が事務所としても使用されており、その維持に政務調査費が使用されているのであれば、具体的に維持費のいかなる部分が事務所に関するものであり、いかなる部分が自宅に関するものかが明らかにされなければならないはずである。このような個別具体的な使途を明らかにすることなく、一般的・抽象的に前述のような主張を行うことは明らかに不当であるという主張を展開した。
4 1審判決−脱法行為の「指南マニュアル」
 第1審の大阪地裁第2民事部(西川知一郎裁判長)は、2006年7月19日、請求の一部のみを認めた。判決は、請求額942万円の請求に対して、326万円余りの返還請求をせよとしたもので、金額的には、この種の住民訴訟における判決としては決して低いものではなく、また、この訴訟を通じて、同市における政務調査費の扱いが変わったなどの一定の成果はあったものの、判決の内容自体は到底納得できるものではなかった。
 判決は、「政務調査費を市政の調査研究に資するため必要な経費以外のものに充てた場合には、違法であり、会派は市に対して返還義務を負う」とし、「実際の支出額が支給額を下回った場合に精算を要しないとする取扱いは、原則として許されない」とした。 もっとも、「当該経費の内容、性質から、実際に経費として支弁した実額の把握が社会通念上著しく困難であるなど実額との精算をするのが社会通念上適当とは言い難い場合には、社会通念上実額を上回るものではないと考えられる一定額を支給して、実額との精算を要しないとする取扱いは法令の趣旨に反しない」とした。これによって、具体的には、公明党市議団が、自宅事務所とする議員に対し、事務所費として1人当たり月額1万円を支給したことは違法ではないとした。
 1審判決の最も問題なところは、一般論はともかく、具体的な結論では、親と同居して親名義の自宅を事務所とする議員が、親に賃料を支払っている場合に、年度の最終日にまとめて領収証を切っている場合は違法だが、毎月、領収証を切っている場合は適法としている点であった。これでは、自宅事務所に政務調査費を支出することも、領収証等の書式、体裁を整えておけば適法となるので、現状の扱いにお墨付きを与えることになる。また、判決は、領収証の名宛てが議員事務所宛なら適法で、「上様」となっている場合には違法になるなど、極めて形式的な判断しかしなかった。原告は、脱法行為にお墨付きを与える「指南マニュアル」になるものであるとして、この判決を厳しく批判した。
 そもそも、議員としてまともな活動をせず、実際の政務調査活動の経費に充てるものがないから、自宅事務所や水光熱費(判決では自宅事務所とする場合、その半額は議員の調査研究に充てられたと推定した)などという他に例を見ない低レベルな支出が問題になるのだが、そもそも、自宅事務所への政務調査費の支出を認めることが誤りの出発点であった。なお,領収証についても、証拠調べも終了した訴訟の最終盤で五月雨式に提出されたものであった(年末に購入されたパソコンソフト「筆まめ」の購入も政務調査のためとされた)。このような支出は、「李下に冠を正さず」ではないが、市民の理解を得られるはずがないのである。
5 画期的な高裁判決−「事務所費について厳しい基準を定立」
 これに対して、大阪高等裁判所第9民事部(中路義彦裁判長)は、2007年12月26日、原判決の弱点を克服し、原告の請求をさらに大きく認める判決を下した。
 認容額も、原審の、326万円余りから、請求した全会派に対し、合計646万円と約2倍の返還請求を命じたものであるが、それだけではなく、実務的にも、全国の自治体に与える影響は相当大きいと思われる。
 高裁判決は、同族会社等への事務所費の支出について、その使途を具体的に検討して、合理的な支出といえないとして目的外支出と認定しただけでなく、「一般的な議員個人の事務所については、(略)政務調査活動のほか、選挙活動、後援会活動その他政務調査活動に属さない一般の議員としての活動の拠点としても使用されることが明白というべきであるから、このような事務所については、その賃料の全額を政務調査費をもって充てることは許され」ず、その3分の1について政務調査に使用されることが許される」に過ぎないとし、さらに自宅を事務所とする場合には、「光熱水道費、電話料金の3分の1が、自宅を議員事務所として使用することに伴う負担」とした。これによって、自宅事務所に政務調査費を使用している場合には、費用の9分の1についてだけ、政務調査費を支出することが許されるに過ぎないとしたのである。
 これは、一審原告の主張を大幅に認めたものであり、全国の自治体に対する影響は甚大なものがある。なぜなら、現実にまだまだ多くの自治体では、自宅事務所などへの無制限な支出が認められているからである。公金の適正な支出のためにも、本件高裁判決に従って、使途基準を見直せば、全国で相当額の支出を返還させることができると思われる。
 さらに、公明党市議団が自宅事務所とする議員に月額1万円を一律支給したことについても、「その使途について、私生活にかかる経費との区別が困難であるからといって、一定の額を、清算を要しないものとして、会派又は議員に対して交付することの当否は極めて疑問であ」り、「自宅事務所の維持費としての月額1万円の額は、過少であるとも、市民の理解を得られる範囲であるとも認められない」として、一律支給したことについて、「調査研究活動のために支出されたことの特段の反証がない以上、政務調査費として容認すべき事情があると認めることはできない」として、極めて厳格な立証を求めた。
 残念ながら、高裁判決についてはマスコミに完全に無視されたため、まだ広く知られていない。しかし、判決の結果、ほとんどの議員が、受け取った政務調査費を返還しており、今後、この判決によって、多くの自治体で公金である税務調査費の支出のあり方が見直されることを期待したい。
 

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